研究内容(一般の方向け)

排泄は、「食事ができること」と同じくらい重要

「食事ができること」は、生きていくうえで重要でしょうか?
もちろん、誰もが「重要だ」と答えるでしょう。
「チューブを使って生命を維持するための栄養を摂る方法があるのだから、食事ができなくても生きていける。だから自力で食事ができなくてもいい」とは、考えません。

食事・更衣・移動・整容・入浴・排泄など、暮らしの上で行う動作を、ADL(Activities of Daily Living:日常生活動作)といいます。
「日常動作が自然に行えるか」は、「どれだけ自力で生活できるか」「自分に誇りをもって生活ができるか」に直結します。
ADLの機能の維持・向上は、QOL(Quality of Life:生活の質)の観点から考えても、非常に重要です。

なぜ、ADLの向上・維持がそれほど重要なのでしょうか?
それは、ひとつひとつの機能が他の機能と密接に関係しているからです。
ひとつの動作が自力でできなくなってしまったときに、他の動作にまで負の影響を与えます。

つまり、食事・更衣・移動・整容・入浴・排泄など、さまざまな日常生活動作の間に重要度の差はありません。
「食事ができないことよりも、排泄ができないことはましだ」などと、生活動作機能の重要度は比較できません。
排泄は、食事ができること、自力で着替えができること、行きたい場所に行けることと同じくらい、重要なのです。

排泄が困難になったとき、選択肢はあるのか

先天疾患や、がん切除など、様々な事情により肛門の機能が排泄の役割を果たせなくなってしまった場合、どのような治療法があるのでしょうか。
現在、排泄機能不全の方々は「人工肛門(ストーマ)」を造設します。

人工肛門に代わる標準治療は、現在、ありません。

人工肛門を造設することで、命を救われ、症状は緩和します。
医療関係者は「これで治った」と考えるかもしれません。
しかし、人工肛門による問題は、患者様にとって非常に大きな負担となっています。

人工肛門の問題とは?

解決法が求められている人工肛門の抱える問題点は大きく3つあります。

  • 管理の問題:適切な器具の管理を怠ると、皮膚トラブル、血流障害、壊死に至ることもある
  • 整容的問題:腹部の露出に抵抗感をもたらす可能性
  • 精神的負担:衣服の制限、行動時にオストメイト対応トイレを探さなければならないなど、さまざまな負担

ストーマを造設すると、これらの問題と向き合うことを強いられます。
人工肛門に代わる治療法がない状況で、命を救われた喜びと、これから続くストーマの負担の間で、苦しんでいる患者様が非常に多いのが現状です。

新たな選択肢、「肛門移植」とは?

「肛門移植研究グループ」は、人工肛門の問題を克服する方法を提示するために発足しました。
排泄機能不全の方々への新たな選択肢として、「肛門移植(同種複合組織移植)」の実現を目指しています。

肛門移植研究グループ実験中の写真タテ

「移植」というと、現在では生命維持臓器、つまり、命を維持するために必要な臓器の移植がほとんどです。
しかし、生命維持臓器ではないけれども、人生にとって非常に重要な複合組織(皮膚・筋・骨・神経などを含む組織)の移植が実現し始めています。
例えば、顔、腕、子宮、陰茎などの移植は、海外で実際に手術が行われ、成功しています。
これらの研究の成功は、多くの人々に希望を与えました。

そして、私たちは複合組織である「肛門」の移植も可能であると考えています。
研究の成果として、動物での肛門移植実験に成功しました。

実際に排泄機能不全の方々に肛門移植が可能になると、革命的な治療法となるでしょう。

肛門移植には、以下のようなメリットがあります。

  • 管理のメリット:ストーマの交換や周囲皮膚の炎症など、管理の問題が克服できる
  • 整容面メリット:腹部を露出ができないなどの整容面の負担が小さい
  • 精神的負担軽減:臭いを気にしなければならないなど、さまざまなストレスから解放される
  • 拒絶反応が起きても生命の危険は少ない(人工肛門に戻ることもできる)

治療法として確立すれば、排泄機能不全の方々が、より自分らしく暮らしていく選択肢のひとつとなります。

もし、人工肛門の他に、「肛門移植」という選択肢が生まれたら、多くの人々が本当の意味で「治った」と思えるかもしれません。
もし、より自然で、快適な暮らしをする方法として「人工肛門」を提供できたら、多くの人々が自信を取り戻し、精神的な苦しみが和らぐかもしれません。

私たち「肛門移植研究グループ」は、ストーマ患者さんへ新たな選択肢を提供するために、直腸肛門移植の研究を続けてまいります。

肛門移植研究グループメンバーの集合写真